2006年11月02日
2006年09月30日
つくすとダメになる男
4時とか5時とか、朝はやく出かけるときでも、おにぎりを、こしらえて、持たせてやった。仕事場まで行くまでのあいだに、車のなかで、朝ごはんを食べられると思ったから。そうでない日には、忙しい朝のことです、夫が食卓についてすぐに食べられるようにと、醤油やドレッシングなどはふりかけておき、トーストのときはマーガリンまで塗っておき、あとは本人が、箸をもって口に運べばいいだけの状態にしておいた。夫の、好むような状態を、つねに保ちつつ、たいていのことは我慢して、顔では笑って暮していたものだ。そうやって夫に尽くしてきたのは、私が、そうしたかったから、べつに見返りが欲しいとか何だとか、そういう計算はナシでした。
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2006年08月29日
どんな夫でも在ったほうがいい
2006年07月15日
社会通念【主婦】
固定観念のことかもしれない。
言葉は難しいな…。
ここで私が考えたいのは、「…です」と言っただけで、決めつけられてしまう“世間の目”のことです。だから社会通念も固定観念も、両方の意味が含まれていると思います。一般的に、そう解釈されている。その解釈に固執し、どう現実が動いても目の前に見えているものがどうであっても、その解釈を妄信している状態のこと。
この“世間の目”というヤツは強硬です。
背中に大勢の“世間の目”を背負っているから、安心して自分も“世間の目”の1つになれる。大衆という人間はどこにも存在しないのに、どこかに存在しているかのようにして語られていくわけですよね。便宜上ひと括りにして「大衆は…」と言うことはあっても、ひとり、ひとり、多彩に、まったく違っているハズで、もうそれは把握できないくらいに個人的です。
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言葉は難しいな…。
ここで私が考えたいのは、「…です」と言っただけで、決めつけられてしまう“世間の目”のことです。だから社会通念も固定観念も、両方の意味が含まれていると思います。一般的に、そう解釈されている。その解釈に固執し、どう現実が動いても目の前に見えているものがどうであっても、その解釈を妄信している状態のこと。
この“世間の目”というヤツは強硬です。
背中に大勢の“世間の目”を背負っているから、安心して自分も“世間の目”の1つになれる。大衆という人間はどこにも存在しないのに、どこかに存在しているかのようにして語られていくわけですよね。便宜上ひと括りにして「大衆は…」と言うことはあっても、ひとり、ひとり、多彩に、まったく違っているハズで、もうそれは把握できないくらいに個人的です。
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